エルメスの歴史と出来事 エルメス(HERMES)専門買取館

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  • 1837年 初代ティエリ・エルメス(1801〜1878)がパリのランパール通りの職人街に高級馬具工房をオープンする。 ナポレオン3世やロシア皇帝などの御用達馬具商となり、王侯貴族に愛用され発展しました。
    1867年 パリで開催された第2回万国博覧会で銀賞を受賞。
    1878年 パリで開催された第3回万国博覧会で金賞を受賞。
    1880年 2代目のシャルル・エミール・エルメス(1831〜1916)が工房を受け継ぐ。
    現在の本店所在地であるエリゼ地域フォーブル・サントノーレ24番地に工房を移し、
    鞍の製造・卸しに加えて小売りも始めます。
    1892年 『サック・オータクロア※1』を製作(バーキンの原型となったモデル)。
    エルメス最初のバッグで、本来は馬鞍を収納するためのもの。馬具づくりの技術を転用しました。
    1902年 アドルフ&エミール兄弟は社名を「エルメス兄弟社」と変更。
    1903年 3代目のエミール・モーリス・エルメスが馬車から自動車に変わる時代を予見し事業の多様化に乗り出す。 女性用の財布やバッグの製造を開始し、この頃がエルメス社の転換期となります。
    優秀な経営者だったエミールは現在のエルメスの基礎を築きました。
    1920年 ファスナーの特許を申請し、初めてバッグにファスナーを使用する。
    世界初のファスナー付きバッグ『ブガッティ※2』(後の『ボリード※2』)を発表。
    1922年 エミールは兄アドルフから会社の全所有権を買い取り、店舗を改築・拡張。社名を”エルメス”へ戻す。
    1926年 本店でウィンドウ・ディスプレイを開始。
    1927年 腕時計を発表。この頃から腕時計を始め、小物・衣料スカーフ等の服飾小物を事業に取り入れる。
    1929年 ファスナー式の革製ブルゾン第1号を英国皇太子がお買い上げになりました。
    1935年 「オータクロア」を小ぶりにした『サック・ア・クロア※3』、(後の『ケリー』)を発表。
    1937年 スカーフの自社製造をスタート。最初の図柄は「オムニバスゲームと白い貴婦人」。
    1945年 現在まで使われている四輪馬車と従者の商標(ロゴマーク※4)を登録、オレンジ色の包装紙を採用。
    オレンジの包装紙は、第二次世界大戦中に資材が用意できず仕方なく余っていた紙を使ったもの。
    戦後、元に戻そうとしたところ惜しむ声が強かったためそのまま使用することになりました。
    1947年 香水部門を設立。
    1951年 ロベール・デュマ・エルメス(1898〜1978)が4代目社長に就任。
    3代目の娘婿だったロベールは、シルクスカーフと香水に力を入れます。
    特にスカーフではシルクスクリーンによる技術を採用し、それまでの木版とは違う鮮やかな発色が大好評となります。 1960年代には動物柄や幾何学模様など、遊び心溢れるネクタイも製作。
    1956年 モナコ公妃、グレース・ケリーが持っていたバッグ『サック・ア・クロア※3』を正式に『ケリー※3』と命名。
    1961年 今なお定番人気の名香『カレーシュ※5』が誕生。名前は女性向けの優雅な馬車の名から。
    後に香水部門が独立するきっかけとなる記念すべき香水です。
    1969年 『コンスタンス※6』が誕生。 故ケネディ大統領婦人だったジャクリーヌ・ケネディが愛用したことで知られています。
    1973年 ロンドンのシューズメーカー「ジョンロブ」のパリ支社がエルメスグループに加入。
    1976年 カデナが目印の腕時計「ケリー」を発表。
    1978年 5代目にジャン・ルイ・デュマが(1938〜)就任。4代目ロベールの第4子で現在の当主。
    パリ大学法学部パリ政経学院卒業後、アルジェリア戦争に従軍。
    インドやアジアを放浪したのち、ニューヨークのデパートで研究生として半年間勤務。
    この時アメリカ流のビジネスを学びます。
    エルメス入社後は職人見習いから始めてデザインも担当するようになり、クリエイティブ・ディレクターとしてブランドを統括しました。 『エヴリン※7』を発表。
    1979年 スイスに時計会社を設立し本格的に時計分野へ進出する。
    1981年 腕時計『クリッパー※8』が登場。
    1984年 女優ジェーン・バーキンのために作られたバッグ『バーキン※9』を発表。
    「オータクロア」をよりカジュアルにアレンジ。 この頃テーブルウェア分野にも進出する。
    1986年 英国エリザベス女王の生誕60周年記念の写真にエルメスのスカーフを着用したものが選ばれる。
    1987年 この年から年間テーマを設定。 エルメス創立150周年を記念して「花火の夕べ」を開催。
    セーヌ河にて音楽にあわせて花火を打ち上げ、パリ市民の歓声を浴びました。
    1990年 『フルーツ・ライン※10』登場。
    1992年 パリ郊外のバンタン地区に皮革製品の新アトリエを構える。
    1993年 『ケリーアド※11』発表。腕時計では『ロケ』 『H』 『アーネ』を発表する。
    1998年 『フールトゥ』『エールバッグ』を発表。
    プレタポルテ(レディスウェア部門)にマルタン・マルジェラを起用。
    1999年 THE ALFEEのアルバム『orb』の通常版ディスクジャケットをデザイン。
    初めて、音楽家の作品にアートワークを提供した。
    2000年 ユーモラスな『ケリードール』を発表。
    アメリカのマディソンスクエアにエルメス・ニューヨーク店をオープン。
    ニューヨーク店オープン記念で限定発売されたマルチカラーのアイテムが話題になりました。
    2001年 6月28日、銀座のソニービル隣に「メゾン・エルメス」をオープン。
    2002年 シンプルなトート「ドーヴィル」を発表。 ソニーとコラボレーションしたアイボ専用のキャリングバッグを発表。
    2004年 フール・トゥが新しいモデルへと変更。ガーデンパーティに新サイズが登場。
    マルタン・マルジェラがDISELに買収されたため退任、後任のデザイナーはジャン・ポール・ゴルチエ。
    「ポシェット・ケリー」を発表。
    共同最高経営責任者(CEO)にパトリック・トマが就任。創業して以来初めて、一族以外が就任。
    2005年 バーキンやケリーのクロアをモチーフにしたオシャレな腕時計「ケリー2」を発表。
    横長のバーキン「ショルダーバーキン」を発表。
    2006年 「フルートゥ」「エールライン」といったカジュアルラインが生産中止となり、 「アカプルコ」「ヴァルパライソ」などの新しいカジュアルラインを発表。
    2007年 折り畳めるケリー「ケリー・フラット」、ポシェット・ケリーの横長「ポシェット・ケリーロング」と新型ケリーなど多数のアイテムを発表。
    2008年 ヨウジヤマモトとコラボレーションしたバッグを発表。シンプルな斜め掛けバッグが新鮮と大好評。
    2009年 日本限定のバッグ「ピュールサングル」が発売。
    2010年 4月、桐野夏生のベストセラーを原作にした映画「東京島」にてエルメスのスカーフ「カレ」がキーアイテムとして登場する事から、 映画に登場するスペシャルカラーのカレ「世界は広い」を発売。
    邦画とコラボレーションするのはこれが初めての試み。
    9月11日011月14日までの期間限定で、表参道ヒルズ内にカレ(スカーフ)の専門店
    「エルメスJ'aime mon carreブティック@表参道ヒルズ」をオープン。
    2011年 ジャン・ポール・ゴルチエがプレタポルテのアーティスティック・ディレクターを退任。
    クリストフ・ルメールが後任を務める。
    ※1) 『サック・オータクロア』
    100年以上も作り続けられているエルメス初のバッグで『バーキン』の原型モデル。
    『バーキン』よりも縦長に作られている為形は正方形に近い、人気も『バーキン』 『ケリー』よりも無い。 廃番サイズも含め多様なサイズがある。
    (横幅:60・55・50・45・40・35・32・28cm)
    最小の28cm〜35cm位までが売れ筋、それ以上は旅行カバン的な大きさと重さを持つ。
    ※2) 『ブガッティ』 ⇒ 『ボリード』
    もともとの名は『ブガッティ』。 当時のフランスを代表する高級自動車メーカーの名前で、1923年に 自動車旅行用バッグとしてデザイン・発表された時に付けられた名前。 後にレーシングカーの 意味の『ボリード』に改名された。世界で始めてファスナーを使用したバッグとしても有名。 サイズは(横幅:47・37・31・27・21・15cm)の展開。 1950年代頃に一時注文生産商品となったが、1982年にはコレクションに復活。
    ※3) 『サック・ア・クロア』 ⇒ 『ケリー』
    1935年『サック・ア・クロア』が誕生。クロアとはベルトのことで、ベルト付きバッグという意味。 人気ハリウッド女優のグレース・ケリー(後のモナコ公妃)が妊娠中のおなかをこのバッグで 隠すようにした写真が雑誌の表紙を飾り、モナコ王室の許可を得て、彼女の結婚前の姓である『ケリー』に改称しました。 サイズは(横幅:40・35・32・28・25cm)の展開。 他にもミニケリー(20cm)、ミニミニケリー(15cm)や、ケリードール(15.5cm)がある。
    ※4) 『エルメスロゴマーク』 四輪馬車(デュック)と従者(タイガー)
    馬具職人ティエリ・エルメス(当時36歳)が、高級馬具のアトリエをオープンします。
    ナポレオン3世やロシア皇帝など、貴族御用達のブランドとして発展。
    馬具工房に由来するデュック(四輪馬車)とタイガー(従者)のロゴには、
    「エルメスは最高の品質の馬車を用意しますが、それを御すのはお客様ご自身です」
    という意味を込めて主人は描かれていない。
    ※5) 『エルメス カレーシュ』香水
    香水の名前である「カレーシュ」とは幌付き四輪馬車の一種。
    最も優雅な馬車の一つであり馬車がシンボルマークのエルメスに相応しいということで、
    処女作である香水にこの名前が付けられた。現在でも販売されている。
    『パフューム』『ソワン・パヒューム』『オーデ・トワレ』がある。
    ※6) 『コンスタンス』
    1969年登場。『コンスタンス』のデザイナーに娘が誕生した1969年、同じくその年にこのバッグが誕生したので デザイナーは愛娘の名前をバッグつけたとか。歴史は古く、『H』バックルが象微的な エルメスの正統派ショルダーバッグの代表として君臨。 ジャッキー・オナシスの愛用品としても有名。 サイズは(横幅:25・23・18・14cm)の展開。18/14はミニ・コンスタンスとも呼ばれる。
    ※7) 『エヴリン』
    『エヴリン』はデザイナーの名前“エヴリン”から命名された。 1978年に発表されたショルダーバッグ。上品で耐久性のある 『トリヨン・クレマンス』を素材とした『エヴリン』は高い人気を誇ります。 開口部はスナップ式で、中身の取出しがスムーズ。 収納力も抜群、エルメスの頭文字Hを型押しした個性的で存在感のあるバッグ。 熟練職人が手作業で縫製するため大量生産ができず、 入手困難な状態が続いている希少なアイテムです。
    ※8) 『クリッパー』
    19世紀の快速大型帆船の名前に由来した名を持つ『クリッパー』シリーズ。
    ベゼルは船窓をモチーフにデザイン。
    シンプルなデザインの中にもエルメスの風格を主張するHを模るコマの連なるブレスを採用。
    エルメスの定番時計として最も人気があるアイテム。
    レディース・メンズ・クロノグラフと様々なモデルを展開中。
    ※9) 『バーキン』
    女優ジェーン・バーキンのために作った事で有名なバッグ。 大きな藤のトートバッグに落ちそうなくらい荷物を詰め込んでいたジェーンを見て、 デュマ社長がジェーンの為に作ったバッグ。 開口部が広く、間仕切りもないので荷物がたっぷり収納でき、トートバッグのような使い方も可能。 サイズは(25・30・35・40・45cm)の5サイズ展開となっています。 特に30cmは小柄な日本人向けに生まれたサイズで、欧米で見かけることはほとんどありません。
    ※10) 『フルーツライン』
    フルーツを模したライン。キーホルダーシリーズは有名。
    他に、コインケースなどの小物類も展開している。
    ※11) 『ケリーアド』
    カジュアル派の間では人気の高いリュックタイプの「ケリーアド」。
    ケリー本来のイメージはそのままに縦長フォルムにデフォルメされ リュックのストラップが付けられています。 サイズ展開はGMとPMのサイズで、GMサイズは、 PMサイズに比べサイズが一回り大きく、上部にハンドルが付くのが大きな特徴です。
    (横幅:GM/27cm・PM/20cm)

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